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土佐の国中から穴内川の渓へ越える繁藤に、肥後の人吉から日向へ越える加久藤は、共に有名な峠であるがこの藤もまた「たを」であろう。「たうげ」は「たむけ」より来た語だというのは、通説ではあるが疑を容るる余地がある。行路の神に手向をするのは必ずしも山頂とは限らぬ。逢坂山は山城の京の境、奈良坂は大和の京の境であるから、道饗の祭をしただけで、そこが峠の頂上であったためではなかろう。「たうげ」もまた「たわ」から来た語であるかも知れぬのである。

 そんなら猫はどうであるかと気をつけて見ると、先ず第一に蓄猫税は無い。それだのに人に飼われて居る数が、著しく犬よりも少ないように思われた。日本でも既に認められる如く、犬は人の家来であるが、猫の方は本当の家畜である。住宅の附属物である。鍵をかけて出入をするようになれば、猫だけを残して家を空けることは困難である。そうして鼠を駆除するには他にも方法が新たに備わった。一般に人間は猫を疎遠にする傾向を示して居る。
 女三の宮や命婦のおもとの有名な逸話は、程なく解し難い昔語りになって行くかも知れぬ。我々の国でも猫を可愛がり過ぎると、鼠を捕らぬようになるからと称して、あわびの殻の日を重ねて空虚であることを、念頭に置かぬような主人も多くなった。市中には鳶や烏の来訪が絶無となり、轢き潰された鼠の久しく横たわって居るのを見ても、猫の食物の自由にして又豊富なることは想像せられる。

 小さな時から紙さえあれば帳面を綴じて、其上に標題を付けることが好きであった。いらぬ事ばかり書いてあるので反故になってしまったが、其中にたった一つ、五十年後になって発見せられたものがある。明治二十年の九月、東京へ遊学する間際にこしらえて残して来たもので、標題は亡父の筆だから、多分相談をして付けたのかと思う。半紙半分の横綴五、六十枚のもので、竹馬奔走の傍書き溜めた文章や漢詩などが並べ載せてある。間も無く死んだら無論限定出版ものだったろうが、幸いなことに其必要が無くてすんだ。しかし今になるとやっぱり棄てられない。天下一品の著者自筆本だからである。東京へ出てからも此癖は止まなかった。多くは表紙ばかりが本らしくて、中味は三分二以上も白紙だったから、却ってそこいらに散って残って居る。無論何れも皆永遠の「近刊」である。